ある中年看護助手と保護犬の婚活生活

我が家に来たときから直腸末期癌の高齢保護犬と、ずーっと派遣で事務職と医療事務、看護助手をやっていたが正職員の看護助手になって、今度は無謀にも45歳で婚活を始めた話。

美味しいものが食べたいとしか思わない

先日、現在唯一顔を合わせる友人(同い年)と話していた。
奴の職業はデザイン系で、なのに何故かリモートさせてもらえず今もせっせと通勤している。ちなみに幼なじみでもあるので、互いに黒歴史を知り尽くしている仲で遠慮はない。

そんな彼女が「今、もう食べることにしか欲求が向かへん」と呟いた。

わかる。

めっちゃわかる。

と、返事をした。

服を見ても「これ着てどこ行くねん…」と思い、我々共通の趣味である観劇、コンサートはないので、出掛ける先がない。
会社に行くのも部屋でいるのも、新しい服は必要ない。必要ないと欲しくなくなる…

私達の例年の夏は、いかにチケット争奪戦をくぐり抜け、有給を駆使して遠征するかに全てをかけてきた、といっても過言ではない。
特に私の参戦するアーティストは、平日にコンサートを行うので、それに合わせて仕事を有給のためにコントロールし、周りの人間関係に細心の注意を払って、新幹線の時刻表を熟読するのが、夏というものだった。

そんな私達から、夏の予定の全てが消えた。

「夏ってこんなに暇やったっけ…」
「せやな…熱中症対策とか一切関係ないし」
「グッズ並んだりせんから」
「交通費もかからんし、休みの日はHulu観ながらゴロゴロしてるしかない」(彼女はHulu派)

そんな会話の途中で、冒頭の言葉が出てきたのだ。

私は無職と体調不良の中、彼女は仕事しかない中、もう楽しみは食べることしかない。
しかも、美味しいものを、だ。

実は二人でお取り寄せ高級肉を、何度か我が家で焼いて食べた。
余っているので助けてくださいと、安く売っているのでそれを探し出すのだ。

本当は、人が焼いた肉を店で食いたい。

そんな欲求の代償だが、家でも肉は美味かった。
私の家は中華屋みたいにそこら中がベタベタになり、一週間は肉の匂いに取り付かれたが…

私より彼女の方が、食に対する欲求が強く、奴のスマホには「行きたい店」というフォルダがあって、常時100件近い店がストックされている。
私はそれに着いていくだけだが、おかげですっかり美味しいものを食べたい人になってしまった。

することがない夏。
我々はただひたすら、美味しい店を探し、お取り寄せを探し、本当に食べることしかしていない。
年齢もあり、飛べない豚はただの豚だ、というレベルを超えてそろそろ「食うだけの老いた豚」になる日も近い。

それでも、私が散々見てきた食べることが出来なくなってベッドに横たわる患者を思えば、食べる喜びを享受できる体がある内は、十分に幸せである。

喜んで食うだけの豚を目指したい。